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南朝正副二系皇系系譜 『南朝の秘史を伝える三河玉川御所と広福寺』 |
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後醍醐天皇┬宗良親王──興良親王┐ │ │ ├尊良親王─┬守永親王│┌憲明親王 │ │ ├┤ ├興国天皇 └小松天皇┤└松良天皇──大宝天皇 │ │ ├恒良親王 ├─後小松天皇┌天基天皇 │ │ │ ├護良親王 │ ├泰仁親王 │ │ │ ├後村上天皇┬長慶天皇┴─綾子内親王┴中興天皇─┬中興天皇二世 │ │ │ │ │ └忠義王 │ │ └懽子内親王└後亀山天皇─恒敦親王──良泰親王┐┌尊雅王──信雅王 ├┤ 野長瀬盛矩──横矢姫─┘└尊慶王【註 釈】 (97)……南朝正統の皇系の代数 [97]……南朝副統の皇系の代数 (96)後醍醐天皇 宗良親王 ▲ 第三宮・井伊谷宮・信濃宮・妙法院宮 尊澄法親王・天台座主 母 尊良親王に同じ 尊良親王 ▲ 第一宮・白山宮 母 御子左大納言為世の女、藤原為子姫 金ヶ崎城で戦薨 (97)興国天皇(守永親王) ▲ 尊良親王の第一王子守永親王 後醍醐天皇の猶子となり南朝の正統皇位を継承 恒良親王 ▲ 母 左大臣公廉の女、新待賢門院藤原廉子姫 金ヶ崎城で捕らえられ京都で毒殺 護良親王 ▲ 第二宮・大塔宮・十禅師宮 尊雲法親王・天台座主 母 尊良親王に同じ [97]後村上天皇 ▲ 第五宮 憲良改め義良親王、別名稲吉親王、別称陸奥太守 母 恒良親王に同じ 南朝副統の皇位を継承 懽子内親王 ▲ 前斎宮・宣政門院 母 太政大臣実廉の女、藤原禧子姫 光厳上皇の皇后 三河玉川御所の長慶院小松天皇の身代わりとなり、王田殿で薨去 長慶門院と号す 興良親王 ▲ 遠江宮 母 狩野介貞長の女、京極局駿河姫 小室門院元子内親王の皇夫 秋葉城で捕らえられ京都で薨去 守永親王 ▲ 大統宮・五辻宮・白山宮・上野宮・宇津峯宮・信濃宮 居良親王、別名稲若王、通称陸奥親王、別称小鷹様 母 今出川右大臣公顕の女、藤原清子姫 (98)小松天皇 ▲ 小室門院・長慶院 元子内親王 母 花山院の女、藤原茂子姫 東海では、天照大神の再現と崇敬したと伝える ┌─憲明親王 興良親王 │ ‖──┴─松良天皇(99) 小松天皇(98) ‖──┬─後小松天皇 長慶天皇 │ └─綾子内親王 [98]長慶天皇 ▲ 玉川宮・長慶院 寛成親王 母 二条関白藤原基之の猶子・赤松氏の三女、玉己姫 小松天皇の後見(後夫)となり三河へ 金剛心院皇夫大士・慶寿院 [99]後亀山天皇 ▲ 煕成親王 母 北畠親房の女、顕子姫 恒敦親王 ▲ 小倉宮 憲明親王 ▲ 玉川宮・常徳院 承朝海門、南禅寺前住、鹿苑院掌僧、相国寺派大本山相国寺長老 慶寿院に住む (99)松良天皇 ▲ 玉川宮・佐山宮 正良親王、別名広成 尊聖法親王、号聖竜、明光院成徳大士 後小松天皇 ▲ 元良親王 幹仁と改め義満の猶子となり後円融天皇の皇嫡子となり北朝の皇系を継承 三ケ日町大福寺・豊明町祐福寺を勅願寺とする 綾子内親王 ▲ 小倉宮良泰親王の妃 京都からのがれ萩村へ蟄居 のち松良天皇の妃となる 松良天皇(99) ‖────大宝天皇(100) 綾子内親王 ‖──┬─天基天皇[100] 良泰親王 │ ├─泰仁親王 │ └─南朝中興天皇 良泰親王 ▲ 小倉宮 母 北畠顕信の女、源信子姫 広成と変名、実仁と改名して後小松天皇の皇太子となる 聖承、勧修寺門跡 (100)大宝天皇 ▲ 美良改め憲良親王 永享七年信州浪合で遭難 三州作手にのがれ、 後に額田郡切越にかくれて”天の岩戸”ごもりをす 享徳三年牧平大門に移り皇后の冨士大宮司の女三浦佐久姫の姓、三浦を名のり藤太夫と称す [100]天基天皇 ▲ 良仁改め義仁親王、別名米山親王 後亀山天皇猶子 泰仁親王 ▲ 通蔵主 教尊法親王、勧修寺門跡 南朝中興天皇 ▲ 金蔵主・万寿寺宮 空因親王・尊義王(西三河の大宝天皇) 尊雅王 ▲ 円満院門跡・高福院 南朝中興天皇二世 ▲ 北山宮 尊秀王・自天親王 忠義王 ▲ 河野宮 信雅王 ▲ 熊沢家先祖 (……藤原竹山著『南朝正統皇位継承論』参考) |