応永十五年(戊子)
 
春二月六日
将軍の屋敷で多くのガマがケンカしていた。

三月四日
足利義嗣が十五歳で叙爵された。弟の義円が青蓮院に入室した。

三月八日
後小松天皇が北山第に行幸した(義持は供奉せずに義嗣が供奉した)。

三月廿四日
義嗣は左馬頭に任じられた。

三月廿九日
義嗣が左中将に任じられた。

夏四月廿日
近衛忠嗣が関白となった(後普賢寺)。

四月廿五日
義嗣は従三位に叙せられ参議に任じられた。

五月六日
義満が死んだ。五十一歳、鹿苑院天山と謚号した。

五月九日
後小松天皇は太上天皇の尊号を贈ろうとしたが、義持は再三これを辞退した。日本法皇の号を臣下に贈った前例がないと。


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