宝徳三年(辛未)
 
春三月
北白河の仏像が動いたのを何人もの人が目撃した。

三月廿三日
白山の神輿が山に上った。

秋七月
琉球人が来た。

八月
義成は書状を明国に贈った。

八月十七日
興福寺と東大寺が門を閉じた。

九月
畠山徳本の家人が京極持清の家人を殺害し、持清は怒って徳本をその宿所に攻め立てて下手人を斬った。

冬十月
元興寺の金堂が炎上した。

冬十月
義成の母・慶寿院が嵯峨に隠居した。これは斯波義廉の家臣・織田大和守の訴えに口添えをしたのを義成が聞き入れなかったために隠居したいと云ったためである。

十二月廿七日
義成が参内した。


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