応永三年(丙子)
 

大友修理大夫が長年の恨みによって大内義弘(右馬頭)を討とうとしたので、義満は大友を召喚した。大友はすぐに上洛したが勘気を蒙って蟄居した。
小笠原長秀・今川範忠・伊勢貞行らに命じて武家礼式を定めた。

九月
義持が参議に任じられた。

九月十九日
比叡山大講堂で供養会、また義満は諱字を摂家以下諸臣に与えて烏帽子親となった。


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