応永三十二年(乙巳)
 
春二月一日
小川宮が亡くなった。

同四日
仙洞御所において後円融院の三十三回忌法要があった。

同廿四日
義量が急死した(十九歳)。永徳院殿と追号された(法名鞏山道基)。
義持が政務を司った。

同廿八日
鎌倉御所が焼失した。

秋七月
台風が来て洪水が発生した。

八月十四日
相国寺が炎上した。

同十六日
持氏は上杉淡路守憲宗に命じて甲斐武田退治のために兵を派遣させた。

九月十日
上皇が泉涌寺に行幸した。

十月
台風と大地震が発生した。
志摩国伊雑浦に挙兵があったので、的屋美作守に退治させた。


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