□ 巻第1−5 河内守成綱被愛楠事 |
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こうして少将経氏より十一代の後胤を、河内守橘成綱といって、河内国金剛山のふもと七郷を領有して居住していた。そして成綱は格別に楠を愛して、自分の居館の追手の馬場に、楠を数株植えていた。また常に近習の者に語るには、 「いろんな木がようけ生えとるけども、世間は桜、藤、梅の類が一番好っきやといいよる。なんでかいうたら、これらの木は陽気を受けて花咲かせて、紅白の色を競って、ええ匂いをふりまきよるからや。せやさかいに、機会があるたんびに歌詠むもんはこれを好みよる。せやけど、詩歌っちゅうもんは公家が遊びでやるもんであって、わいらがやるもんやない。ま、そやからいうて無理にやらへんちゅうもんでもないで。えらい人も 『ヒマがあったら文章を勉強せぇ』 て云うたはるわな。その他の木は昔から、松が好きや、あるいは柳が好きやとか云いよるけども、ワシはそんなん好かんでぇ。何でか云うたらな、柳は花も咲かしよらんけれども、春は陽気を待って緑色になりよる。そやけど、もとからしょぼーんとしとって、弱っちぃ奴そっくりやろ。松いうんは木の中でなかなかええもんや。花咲かんし色香もないけどもな、その色は雪の中でますます際立って、季節におかまいなし、露や霜にも衰えへん、他の花は黄ばんで落ちていっきょるけども、松は一年中緑の色をしとるよってに、 『残る松さえ嶺に淋しき』 とか詠んどるやろ。せやけど楠はもっと強おて、松に似とるいうけど、松に似つかんもんやで。大きいなるんは他の木に劣ってちょっとしかないけどもな、雪に折れるいうこともないし、いちばんの大木になるんは楠や。そら強い云わんわけにはいかんわなぁ。後からがっちり根を張って、何百年も生き長らえていきよるんは楠のほかに何があるんや。武士がいちばん好きやいうのは楠でないといかん。ワシはこういう事を考えとるよってに、楠を朝晩いとおしむんじゃぃ」 と。この通り楠を多く植えて朝に夕に愛でられて、世間の人々が楠殿楠殿と呼んだので、それより成綱も自ら楠河内守と名乗られたのだった。 |
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