宗房卿発句の事
 
先帝の御時でございました。弁内侍というお方は、右少弁俊基朝臣の娘でありました。お父上が早くにお亡くなりになり、お母上までもが出家してしまわれたので、三位行氏卿のもとにおられましたが、先帝が再び御位におつきになったときより、宮仕えをするようになりました。再び世が乱れて皇居の所在も定まらなかった有様でしたが、それでも離れることなく、吉野までお出でになりました。

ある夜のこと、先帝の御前に中納言隆資卿、洞院実世卿、宗房卿そのほか多くの公家が集まっていました。御酒をお出ししようと弁内侍が杯や瓶子を持って来られました。ところがどうしたことか、これを落としてしまって、真っ二つに割れてしまったのでした。先帝のご機嫌を損じてしまったようなので、とりあえず、

 さかづきも われてぞ出る 雲のうへ

とお詠みになります。すると先帝はご機嫌をお直しになって、

「誰ぞついでみせよ」

と秀句に取り計らいなさろうとされましたので、宗房卿が、

 ほしのくらゐの ひかりそへばや

とおっしゃいましたところ、たいそう盛り上がりまして、夜も明ける頃まで酒盛りが続いたのでした。そして山烏の声が聞こえましたので、隆資卿が、

 くわん幸と 鳴くや吉野の 山烏 かしらもしろし 面白のよや

と詠まれたので、先帝はたいそう愉快そうにお渡りになっていかれました。


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