高の師直内侍を奪ひ取る事 一
 
さて、弁内侍はたいそう美貌でありました。それを武蔵守高師直がいかなる折にか恋してしまって、気にかけるようになりました。先帝崩御の後、ひそかに手紙を送って、

 「ひそかにお出でなさい。迎えをよこしますぞ」

と度々言って寄こします。内侍はその返事をせずにおいたところ、師直は憎らしく思って、行氏卿をよく知っている女を探し出してきて、

 「北の方に頼みごとがあるのだ。二人で相談してくれ。願いがかなったら、見当もつかないほどの礼をしよう。三位殿の官位も進めて差し上げよう」

などと北の方に言って寄こしました。ただでさえ世の人の恐れない者はない師直の言うことであるし、たいそう期待もしましたので、手紙を準備して、内侍にお仕えしていた梅がえという女に持たせて、

 「この女と相談してください」

と申し上げました。師直はたいそう喜んで、生命をかけた主従の契りを結んだ武者20人ほどを選んで、梅がえとともに吉野へ行かせました。

内侍に梅がえが

 「北の方の手紙を持って参りました」

と言って、その住まいに入ります。内侍は

 「なつかしく思って暮らしていました。こちらへ」

と招かれました。梅がえはその手紙を差し上げます。

 「はるか遠くに行ってしまわれて、山里にお住まいなのは、さぞやご不便なことでありましょう、と思えば、なつかしさがこみ上げてきて、涙が止まりません。住吉詣でをしようと思っておりますが、道もわかりますので、どうかお会いしたいものです。河内の国の高安のあたりに知人がおります。どうかそこへお越しください。心細い世の中で、まして乱れているので、こんな旅でもないとどうして会えましょうか」

などと書いてあって、

 相みんと 思ふ心を さきだてゝ 袖にしられぬ 道しばの露

お使いの梅がえも、手紙の趣旨をくどくど繰り返して言うので、

 「実の母が出家されてからは、その母にもまさる思いやりが忘れられません。朝夕なつかしく思っております」

と帝に休暇を願い出て、すぐにお発ちになられました。女房2人、青侍3人がお供についていきます。


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