高の師直内侍を奪ひ取る事 二
 
途中、武者に出くわし、

 「『高安で待っておりますが、人目が多くてわずらわしいことになっています。住吉までお行きください。お行きになるのであれば、おまえたち、お供いたせ』と言い付かっております」

と言います。そして突然多くの武者たちが出て来て輿を取り囲みます。内侍は

 「なんとも合点がいきません。住吉までどうしてわざわざ行かないといけないのでしょう。輿を帰しなさい」

とおっしゃったので、青侍どもは輿を帰そうとします。武者たちは

 「どうか住吉までお急ぎください」

と無理に連れて行こうとします。これはかなわないと立ち止まるところへ、武者たちは輿を帰させるかと3人とも打ち殺してしまいました。内侍は大変恐ろしく、鬼に捕らえられてしまった気がしてただ泣きじゃくるばかりです。荒武者どもは、思いやりもなく

 「今宵のうちに住吉まで急げ。殿もそれまでには住吉にお着きであろう」

などと、大声で騒ぎ立てます。

そうして石川というところまで来ると、楠木正行が吉野へ呼ばれて参上するのに出くわしました。正行一行をやり過ごそうと傍らの木陰に潜んでいるのを、正行は不思議に思って、立ち止まって、何事かと尋ねます。

 「ある局さまが住吉詣でをなさるのです」

と言うので、

 「そうでっか」

と通り過ぎようとします。ところが内侍が泣く声を聞きつけ、強引に輿のそばに立って尋ねますと、

 「こうこうなのでございます」

と内侍がおっしゃったので、

 「そらおかしい。そんなことさらす奴は皆捕まえてまぇ!」

と言って、残らずひっ捕えます。縄目の恥を思った者が3,4人いて、刀を抜いて戦いましたが、ついに打ち殺してしまいました。正行は吉野へ参上して事の次第を奏上します。梅がえを問い詰めますと、内侍をだましたことを白状しましたので、武者どもは皆斬られて、梅がえは尼にして、この次第を北の方へよくよく言上するように、と京へ帰したのでした。

 「正行がいなければ、大変なことになるところであった。よくやってくれた」

とおっしゃって、内侍を正行に与えるとの詔があったのですが、正行はお礼を申し上げて、

 とても世に ながらふべくも あらぬみの かりの契を いかで結ばん

と奏上して辞退してしまいました。そのときは理解できなかったのですが、後に思い当たることがあって、皆正行のことを残念に思ったのです。


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