藤房入道鷹巣山にて読経の事 一
 
脇屋義助卿が越前の国よりおいでになった時の話です。

「越前の国の鷹巣山というのは高くそびえて城郭にもってこいの場所なので、畑時能という者に守備させていたのですが、地形をよく知っておくためにさらに山奥深くに分け入りました。すると、たいそう澄んだ谷川が流れています。その水源を探してさかのぼりますと、突き出た岩を屋根にして松の葉でこしらえた庵が見えましたので

  『こんなところに住む人もいるのか』

と近づいて家の中を覗きますと、木葉を集めて莚として平らな石の上に法華経を置いてあるほかは何もありません。

しばらくすると、山道を歩いて来る人が見えました。それは法杖を手にしたやせ細った僧です。

  (かの人はどうなさるのか)

と物の影より見ておりますと、谷川の水を汲んで庵の中に入り、経のひもを解いておられます。読経の始まる前に、と急いで庵に行って、

  『このようなお住まいこそ高僧の証し、どのような方が世をお捨てになっておられるのでしょう』

とお訊きしますと、

  『あなたはどちら様ですか』

と尋ねられます。そこで名乗りをいたしますと、しまったというようなご様子で、

  『つまらぬ者です』

とのみおっしゃって読経を始められましたので、その時はそのまま帰りました。


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