藤房入道鷹巣山にて読経の事 二
 
しかし、

  『藤房卿のおもかげがありました』

といいますので、とても興味がわき、一条少将をお連れしてその場所へ行きますと、庵はそのままあったのですが僧のお姿が見えません。経典のあったらしい石に、

  此処もまた 浮世の人の とひくれば 空行く雲に 宿もとめてん

と書きつけています。その筆蹟は少将がよく見知ったものでした。周辺の山々を探させましたが、ついに見つけることができなかったのはたいへん残念なことでした」

その場にいた人々は皆、おしまいまで聞いていることができずに涙を流していました。あれほどの優れた方が愚痴をおこぼしになるほどのお住まいとは、めったにないお心持ちだったのでしょう。

年月を照らし合わせてみますと、「君が住む宿」と詠み残されたあとのことでした。北陸より九州へ赴かれる折のことでしょう。その後はご消息も絶えて聞こえて来ませんでした。

この藤房卿とは、大納言万里小路宣房卿の子でありましたが、その才知は傑出して先帝のお覚えもめでたく、中納言にまでおなりになったのですが、建武甲戌の年の春に突然世を捨てられたのでした。


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