御歌にて附物退く事
 
弁内侍のところに、高貴な家柄の女房がおりました。まだ入内もせず粗末な身なりをしておられましたが、「気だてはことに女らしくて容貌も優れているようです」と帝のお耳にも入り、帝も恋い慕っておられましたが、世間の騒動に取り紛れて一日、二日とお渡りが延び延びになっていました。

すると、女は気が変になって不気味な表情になりました。巫女にどんな祟りかと占わせてみますと、狐の仕業であると申します。とにかく狐をお祓いしたのですが、日が経つにつれていっそう気が変になっていきました。

夜になれば、ただ「冬木、冬木」としか云いません。2月の頃で綿小袖を重ね着してもまだ寒いというのに、この女は肌着一枚で汗を流しています。とんでもないことです。

どうしたらよいのかとただ月日が経っていく間に、四条隆資卿がこのことを奏上しましたところ、帝も驚かれて御製に

 春にこそ 訪ふ人も あれ花の 君冬木といふは 己がいつはり

とお詠みになり、その気狂い女の家の門柱に張りつけさせますと、すぐに憑物は落ちたのでした。実に優れたことだと言い表しようもないほどです。


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